親密さへの恐れ<7>

ゴータマ・ブッダのような人は夢を見ない。瞑想はマインドを超える道だ。彼は完全な沈黙の中で生きている。24時間・・・彼の意識という湖には、さざ波は立っていない。思考はない、夢はない。だがジグムント・フロイトは恐れている。彼は自分が何を夢見ているか知っているからだ。 


私は実際にあった、ある出来事を聞いたことがある。3人の偉大なロシアの小説家・・・チェーホフ、ゴーリキー、トルストイが公園のベンチに座って噂話に興じていた・・・彼らは偉大な友人だった。全員が天才だった。そして全員が偉大な小説を生み出した為に、今日でさえ世界の偉大な小説を10冊挙げたければ、少なくとも5つはロシアの小説家達のものになるほどだ・・・革命以前の。 


革命以後、彼らは天才の資質を含んでいる小説はひとつも生み出していない。今では政府の命令のもとにある。政府が唯一の出版社だ。政府が吟味する。が、吟味する人々は芸術については何も知らない。彼らは官僚だ。 


プーナの警察署長が、私の講話が出版される前に自分がそれらを吟味するべきだ、と申し入れて来たばかりだ・・・が、警察署長が瞑想とどんな関わりがあるというのかね?だがロシアではそれが起こっている。そしてその為に革命後の70年というもの、彼らは偉大な小説をひとつも生み出せずにいる。だが革命以前は、ロシアは創造性の頂点にあった。この3人の人々は、今でも偉大な小説家として挙げられている。 


 チェーホフは、自分の人生における女性達のことを話していた。ゴーリキーが加わり、彼も2,3のことを話した。だがトルストイは沈黙していた。トルストイは非常に正統的な、宗教的なキリスト教徒だった。インドのマハトマ・ガンディーは3人の人物を自分のマスターとして受け容れたが、その1人はトルストイだったと知ったら、あなた方は驚くだろう。彼はあまりにも抑圧しすぎていたに違いない!


彼はロシアではもっとも裕福な人々の1人だった。彼は王家に属していた。だが彼は、貧しい乞食のように生きた。なぜなら「貧しき者こそ祝福はある。彼らこそ神の王国を相続する」とあり、彼は神の王国を諦めるのは気が進まなかったからだ。それは単純さではない。そして無欲でもない・・・それは過大な欲望だ。それは過大な強欲だ。それは力を求める過大な本能だ。彼はこの生と、その喜びを犠牲にしている。それは小さな生だからだ・・・その後で、永遠に渡って彼は天国と神の王国を楽しむ。 


それはいい取り引きだ。ほとんど宝くじに似て確実だ。彼は非常に禁欲的な生活をしていた。菜食の食事しか食べずに・・・彼はほとんど聖者だった。当然、彼の夢は非常に醜かったに違いない。そしてチェーホフとゴーリキーが「トルストイ、なぜ君は黙っているんだ?何か言えよ!」と彼に尋ねると、彼は言った。「私は女性達については何も言えない。墓に片足突っ込んだら、その時にのみ何かを言おう。私はそれを言って墓に飛び込む」なぜ彼は、何かを言うことをそれほど恐れていたのか、あなた方は理解することが出来る・・・それは彼の内側で煮え立っていた。 


さてあなた方は、トルストイのような人とはあまり親密になれない。親密さとは、ただあなたの為にハートの扉が開かれているという意味だ。あなたは入って、客になることを歓迎されている。だがそれは、抑圧されている性欲で悪臭を放っていないハートを、あらゆる種類の倒錯で煮え立っていないハートを、自然で・・・木々のように自然で、子供達のように無垢なハートをあなたが持ってこそ可能だ。そうなったら親密さという恐れはない。 


それこそ、私がやろうとしていることだ。あなたが自分の無意識を楽にするのを、自分のマインドを楽にするのを、普通になるのを助けることだ。ただ単純で、普通である以上に美しいものは何もない。そうなったら、あなたは可能な限り多くの親密な友人を、多くの親密な関係を持つことが出来る。あなたは何も恐れていないからだ。あなたは開かれた本になる・・・誰でもそれを読むことが出来る。隠すものは何もない。 





 

瞑想なしに、生はない。瞑想を知り、生を知る。

どの瞬間にもフルに生き、愛し、笑うコツをご紹介します。

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