生を祝う・セレブレーション



祝祭は私の生き方の基本だ——世を捨てることではなく、喜ぶこと。


あらゆる美しさを、あらゆる歓喜を、生が与えてくれるすべてをうれしく思うがいい。なぜなら、この生全体が神の贈りものだからだ。  


私にとって、生と神は同義だ。実際には、生のほうが「神」という言葉よりはるかによい言葉だ。


それは哲学用語にすぎないが、生は現実で、存在に即している。


「神」という言葉は経典の中にしかない。それは単語、たんなる単語だ。


生はあなたの内と外にある——木々の中に、雲の中に、星々の中に。

この存在全体が生のダンスだ。  


生を愛しなさい。自分の生を余すところなく生きなさい。


生を通して神性に酔いしれるがいい。私は生を途方もなく愛している。


だからこそ、私は祝祭を教える。あらゆることが祝われなければならない。


あらゆることが生きられなければならない、愛されなければならない。


私にとって、俗っぽいものはひとつもなく、神聖なものもひとつもない。

すべてが神聖なのだ、梯子のもっとも低い段からもっとも高い段まで。


それは同じ梯子だ。

体から魂まで、肉体的なものからスピリチュアルなものまで、

セックスからサマーディまで——すべてが神性だ!



Osho, Come, Come, Yet Again Come, #2 より抜粋 


記事抜粋:https://www.osho.com/ja/read/osho/osho-on-topics/celebration 



12/11(火)OSHOバースデー・セレブレーション<祝祭のアートを体験>


瞑想なしに、生はない。瞑想を知り、生を知る。

どの瞬間にもフルに生き、愛し、笑うコツをご紹介します。

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