SCHEDULE

夏休み休暇プーナOSHO瞑想リゾート・ツアー

8月、プーナにあるOSHOリゾートで、OIMR公認瞑想ファシリテーター・トレーニングに参加しましょう。

日時:2019年8月3日(土)〜2019年8月10日(水)

宿泊:1)リゾート近くの高級住宅アパート

   2)OSHOゲストハウス

   3)リゾート近くの五つ星ホテル

日本から同行者なしのツアーですが、個人のご希望に合わせて日程を微調整できるオプショナルツアーです。



ご希望の方は、メッセージください。

こんな方にオススメ

・プーナでOIMR公認の瞑想トレー二ングを受講したい。

・とにかく忙しいので、準備できる時間がない。誰かに準備手配をお願いしたい。

・英語が不安なので、現地をよく知っている人にサポートをお願いしたい。

・行きたい気持ちはあるが、何をどうしたらいいかわからない。

・グループで行きたくない。でも一人だと、ちょっと不安。

こちらで対応できること(有料)

・国際航空券のチケット手配

・インドビザ申請のお手伝い

・空港⇄リゾート往復タクシー手配

・現地ホテル手配

・現地での過ごし方オリエンテーション

・通訳

・個別相談

・お土産などの買い物ツアー

・アユルヴェーダ・トリーメント手配

・プーナ散策ツアー

出発前から帰国まで、安心安全に過ごせるよう一緒に伴走いたします。

日程も調整可能ですので、希望日に合わせてお問い合わせください。

フライトは、全日空の成田⇄ムンバイです。

行き 8/3

成田ームンバイ

11:20―17:45

帰り 8/10

ムンバイー成田

20:15―07:55

https://www.ana.co.jp


お問い合わせ

OSHO Information Center TOKYO

osho.tokyo@gmail.com

Ma Atmo Toshan


GWプーナOSHO瞑想リゾート体験ツアー

GWの休暇を利用してプーナにあるOSHOリゾートで、OIMR公認瞑想ファシリテーター・トレーニングに参加しましょう。

日時:2019年4月29日(月)〜2019年5月8日(水)

宿泊:1)リゾート近くの高級住宅アパート

   2)OSHOゲストハウス

   3)リゾート近くの五つ星ホテル

日本から同行者付きのツアーですが、個人のご希望に合わせて日程を微調整できるオプショナルツアーです。

ご希望の方は、メッセージください。

こんな方にオススメ

・プーナでOIMR公認の瞑想トレー二ングを受講したい。

・とにかく忙しいので、準備できる時間がない。誰かに準備手配をお願いしたい。

・英語が不安なので、現地をよく知っている人にサポートをお願いしたい。

・行きたい気持ちはあるが、何をどうしたらいいかわからない。

・グループで行きたくない。でも一人だと、ちょっと不安。

こちらで対応できること(有料)

・国際航空券のチケット手配

・インドビザ申請のお手伝い

・空港⇄リゾート往復タクシー手配

・現地ホテル手配

・現地での過ごし方オリエンテーション

・通訳

・個別相談

・お土産などの買い物ツアー

・アユルヴェーダ・トリーメント手配

・プーナ散策ツアー

出発前から帰国まで、安心安全に過ごせるよう一緒に伴走いたします。

日程も調整可能ですので、希望日に合わせてお問い合わせください。

フライトは、全日空の成田⇄ムンバイです。

行き 4/29

成田ームンバイ

11:20―17:45

帰り 5/8

ムンバイー成田

20:15―07:55

https://www.ana.co.jp

お問い合わせ

OSHO Information Center TOKYO

osho.tokyo@gmail.com

Ma Atmo Toshan

GWの休暇を利用してプーナにあるOSHOリゾートで、OIMR公認瞑想ファシリテーター・トレーニングに参加しましょう。

日時:2019年4月29日(月)〜2019年5月8日(水)

宿泊:1)リゾート近くの高級住宅アパート

   2)OSHOゲストハウス

   3)リゾート近くの五つ星ホテル

日本から同行者付きのツアーですが、個人のご希望に合わせて日程を微調整できるオプショナルツアーです。

ご希望の方は、メッセージください。

こんな方にオススメ

・プーナでOIMR公認の瞑想トレー二ングを受講したい。

・とにかく忙しいので、準備できる時間がない。誰かに準備手配をお願いしたい。

・英語が不安なので、現地をよく知っている人にサポートをお願いしたい。

・行きたい気持ちはあるが、何をどうしたらいいかわからない。

・グループで行きたくない。でも一人だと、ちょっと不安。

こちらで対応できること(有料)

・国際航空券のチケット手配

・インドビザ申請のお手伝い

・空港⇄リゾート往復タクシー手配

・現地ホテル手配

・現地での過ごし方オリエンテーション

・通訳

・個別相談

・お土産などの買い物ツアー

・アユルヴェーダ・トリーメント手配

・プーナ散策ツアー

出発前から帰国まで、安心安全に過ごせるよう一緒に伴走いたします。

日程も調整可能ですので、希望日に合わせてお問い合わせください。

フライトは、全日空の成田⇄ムンバイです。

行き 4/29

成田ームンバイ

11:20―17:45

帰り 5/8

ムンバイー成田

20:15―07:55

https://www.ana.co.jp

お問い合わせ

OSHO Information Center TOKYO

osho.tokyo@gmail.com

Ma Atmo Toshan

12月11日(火)OSHOバースデー・セレブレーション開催

OSHOが、この地球という惑星に訪れたのが1931年12月11日です。

87回目となる、この日を瞑想とともにお祝いしましょう! Let’s celebrate with dance and meditation!

OSHOインフォメーションセンター TOKYOでは、初開催となるセレブレーションです。

会場は、メディテーションやヒーリング・ワーク拠点として、今、最も注目が集まっている五反田イズネスでの開催です!

今回のイベントは、イズネスの協賛を得ての協同開催となります。

この会はOSHO瞑想に興味がある方なら、どなたでも参加できます。

それぞれの瞑想が始まる5分前に、デモンストレーション付きの説明をしますので、瞑想が初めての方も大丈夫。

お仕事が終わってから、

イブニング・ミーティング(OSHO講話)のみの参加も大歓迎です。

携帯をサイレントモードにしてご入場下さい。

【開催概要】

OSHOバースデーセレブレーション


  • 日時: 12月11日(水) 15:00-20:30



  • 参加費:2000円

(事前チケット購入 or 当日会場払い)


※講話のみは、参加費1000円



≪瞑想プログラム≫


14:30 開場

15:00-16:00 Laughingドラム・セレブレーション or OSHO ラフター瞑想

休憩

16:15-17:15 OSHO クンダリーニ瞑想

休憩

18:45-20:30 イブニング・ミーティング(OSHO講話は19時過ぎから始まります。)

終了

お申込みはこちら

お問い合わせ

Osho.tokyo@gmail.com

#Osho #瞑想 #クンダリーニ #ダンス #ストレス解消 #バースデー #セレブレーション #バグワン #ラジニーシ


こころでからだの声を聴く【体験会】

PCかスマホが使えて、横になって寝ちゃっていいリラックスできる場所

こころでからだの声を聴く」の愛称で親しまれている7日間オンライン瞑想コースが始まる前に、このプロセスの味わいを試してみたい方々を対象に体験会を開催します。

体験会では、実際のコースと同じ要領で進めていきます。最初の説明時間も含めて、約60〜70分で終了です。

実際に受けていただくことで、

「あぁ、こんな感じで進んで行くのか〜」

「こんなに楽でいいなら受けてみようかなぁ」

「ファイシテーターの声を聴きながら受けると、CDとは全然違っていいね」

ということが体験としてお分りいただけると思います。

🍀こころでからだの声を聴く☆7日間変容プログラム🍀

🌟日程:

11月16日(金)<第1回目>

11月30日(金)<第2回目>

🌟時間:21時30分〜22時50分頃

🌟場所:PCかスマホでネットに接続した環境で、横になってリラックスできる場所 ※声だけ参加OK

🌟参加費:1000円

🌟ナビゲーター:トーシャン


タントラが禅に出会い、

禅がタントラに出会う2日間リトリート


開催概要 

・日時: 5月18日、19日 10:00-19:00 

・場所: ISNESS

     東京都品川区西五反田2-23-1飯嶋ビル2F 

・参加料金: 22,000円 

・持参:瞑想用のゆったりとした着替え、靴下、小タオル、昼食用のお弁当、大きめのショール 


参加お申し込みはこちら

*リンクをクリックしてもお申込確定にはなりません。ご注意ください。



もしあなたが瞑想すれば 
遅かれ早かれあなたは愛に出くわすだろう 


もしあなたが深く瞑想すれば 
遅かれ早かれあなたは自分の中に

以前はけっして知らなかったような 
途方もない愛が湧き起こっているのを感じはじめるだろう 


あなたの実存に新しい質が備わる 

ひとつの新しい扉が開いているのだ 

あなたは新しい炎となって
いまやそれを分かち合いたい 


もしあなたが深く愛するならば 
だんだんと、
あなたは自分の愛がより一層瞑想的になってゆくのに気づくだろう 

微妙な質を持った静寂が
あなたの中にはいってくる 思考が消えてゆく

「隙間(gap)」が現われてくる 

静寂!ーーーー 

あなたはあなた自身の深みに触れているのだ

Osho


外側に見えているもの、 それが何であれ、 その全 てが投影であり、 


自分が創りだした世界であると いうことに気がつくでしょう。 


 タントラの工クササイズで投影とそれとの同ー性(区別できないこと)に気づきが生まれ、 禅的な 公案でさらに深く洞察を得ます。 


 注意深く観てい ることができたら、 今まで知り得なかった自分に 出会うことができるでしょう。 


 生を豊かに生きるには真の自分と出会う必要があ ります。 


愛、 性、 悟り、 これらは全て私たちの本質性であり、 

あなたが真に生きてこそ、 その香り が放たれます。 


 この2日間は見えない枠を超えて、 

今までになか った在り方で自分を発見し、 

自分が知りたいと願う答えを受け取りましょう。



Facilitator: 

加藤こま/瞑想歴32年 

Awareness Intensiveにてwhois in公案の瞑想リトリ ートを指遥する。 

その他、 ボディセラピーのクラニオセ イクラル ・ バイオダイナミクスの指迫、 エゴ心理学に関 わるダイアモンド・ロゴス ・ ティ ーチングスなどを実践 する。 体・心・魂の統合的なヒ ーリングワークに関わっている。


Comments: 長年、 瞑想に関わってきました。 静かに座る瞑想、 アク テイブに動く瞑想、 体を整える瞑想、 瞑想は<在り方> です。 n己へ問いかける公案、 インクワイアリーはその 大きな助けとなるでしょう。 インクワイアリーとは問い かけることです。 この問いかけが自己の中心に向かって 深く達した時、 洞察が起こります。 



トーシャン/瞑想歴17年 

シヴァシャクティのタントラ瞑想ワークショップやリトリートを指導する。その他、OSHO瞑想セラピーや家族の座をファシリテート。セックスから愛へ、愛から祈りへ至る変容ワークを実践している。 


Comments: タントラへの情熱があいまって、インドで暮らすようになりました。タントラと禅が出会うアプローチは、愛と瞑想、溶け合うことと覚めていることーその両翼の本質に触れることの出来る稀有な機会です。

このユニークで強烈なリトリートを楽しみにしています。 



参加お申し込みはこちら

*リンクをクリックしてもお申込確定にはなりません。ご注意ください。




 参加お申込み 

【お問い合わせ】 

ShivaShakti Awakening (ト ー シャン) 

info@shivashakti.jp 

 http://shivashakti.jp 


 Awareness Intensive Japan (加藤こま) 

info@healingart.jp 

 http://awareness-intensive.jp


8月、プーナにあるOSHOリゾートで、OIMR公認瞑想ファシリテーター・トレーニングに参加しましょう。 


OSHO Meditation In-Depth & Facilitation Training は毎月4日スタートの3−4日間コースです。


 日時:2019年8月3日(土)〜2019年8月10日(水) 

宿泊:

1)リゾート近くの高級住宅アパート    

2)OSHOゲストハウス    

3)リゾート近くの五つ星ホテル 



日本から同行者なしのツアーですが、個人のご希望に合わせて日程を微調整できるオプショナルツアーです。 


 ご希望の方は、メッセージください。 


 こんな方にオススメ 

 ・プーナでOIMR公認の瞑想トレー二ングを受講したい。 

・とにかく忙しいので、準備できる時間がない。誰かに準備手配をお願いしたい。

 ・英語が不安なので、現地をよく知っている人にサポートをお願いしたい。 

・行きたい気持ちはあるが、何をどうしたらいいかわからない。 

・グループで行きたくない。でも一人だと、ちょっと不安。 



 こちらで対応できること(有料) 

 ・国際航空券のチケット手配 

 ・インドビザ申請のお手伝い 

 ・空港⇄リゾート往復タクシー手配 

 ・現地ホテル手配 ・現地での過ごし方オリエンテーション 

 ・通訳 ・個別相談 ・お土産などの買い物ツアー 

 ・アユルヴェーダ・トリーメント手配 

 ・プーナ散策ツアー 


 出発前から帰国まで、安心安全に過ごせるよう一緒に伴走いたします。 

日程も調整可能ですので、希望日に合わせてお問い合わせください。


 フライトは、全日空の成田⇄ムンバイです。 

 行き 8/3 

 成田ームンバイ 11:20―17:45 

 帰り 8/10 

 ムンバイー成田 20:15―07:55 (+1)

https://www.ana.co.jp 


※滞在を延長して、14日間プーナ滞在できれば8月11日〜15日まで開催されるモンスーン・フェスティバルに参加することができます。ご希望の方は、手配いたしますのでお問い合わせください。



 お問い合わせ 

 OSHO Information Center TOKYO 

 osho.tokyo@gmail.com 

 Ma Atmo Toshan


ゴールデンウイークの休暇を利用して、真夏のインドを楽しみましょう。

オリンピックサイズの有機的なシェイプのプールで泳いだり、瞑想的に泳ぐ早朝クラスを楽しむには最適です。


この時期は、インドのカラフルな花々が咲き誇る美しい季節です。

瞑想ホールは年間を通して瞑想に最も適した温度調節となっています。


ツアー概要

日時:2018年4月29日(月)〜2019年5月7日(火)9泊10日

宿泊:リゾート付近の高級住宅アパート or リゾート内ゲストハウス



日本から同行者付きのツアーです。

また個人のご希望に合わせてオプショナルツアーや日程変更調整も可能です。 ご希望の方は、メッセージください。


こんな方にオススメ

  • とにかく忙しいので、準備できる時間がない。誰かに準備手配をお願いしたい。
  • 英語が不安なので、現地をよく知っている人にサポートをお願いしたい。
  • 行きたい気持ちはあるが、何をどうしたらいいかわからない。
  • グループで行きたくない。でも一人だと、ちょっと不安。
  • こちらで対応できること(有料)
  • 国際航空券のチケット手配
  • インドビザ申請のお手伝い
  • 空港⇄リゾート往復タクシー手配 ・現地ホテル手配
  • 現地での過ごし方オリエンテーション
  • 通訳
  • 個別相談
  • お土産などの買い物ツアー
  • アユルヴェーダ・トリーメント手配
  • プーナ散策ツアー

出発前から帰国まで、安心安全に過ごせるよう一緒に伴走いたします。 日程も調整可能ですので、希望日に合わせてお問い合わせください。



フライトは、全日空の成田⇄ムンバイです。

行き 4/29

成田ームンバイ

11:20―17:45


帰り 5/8

ムンバイー成田

20:15―07:55

https://www.ana.co.jp


4月27日、28日の出発の可能ですが、チケット代が高いのでツアー同行者は現在のところ29(日)出発です。



ツアー参加を決める前に

無料オンライン説明会を開催いたします。(要予約)

参加ご希望の方は、メールにてご予約ください。


お問い合わせ

OSHO Information Center TOKYO

osho.tokyo@gmail.com

Ma Atmo Toshan

ドラマチックな1日であったとしても、

すべてがリセットされる魔法の時間が存在する。



ひとときの時間がすべてを変容する

プーナにあるOSHO瞑想リゾートでは、


毎日朝から晩まである瞑想プログラムのなかでも


6:40から始まる

イブニング・ミーティング」という夜の瞑想があります。


これは、足首までの長さのホワイトローブと呼ばれる服を全員が身につけます。


それ故に、ホワイトローブという愛称で呼ばれることもあります。



リゾートでの瞑想生活は、

このイブニング・ミーティングが

1日のなかでのハイライト。



それは、この時間が


何もしない、という時間だから。



ダンス、静寂、OSHOの講話、

ジョーク、ジベリッシュ、静寂、

祝祭、、、、と続くのですけれど



この時間が、ここで過ごす

瞑想者たちにとって

最も貴重な時間とも言えます。



この瞑想の時間は、リゾートの

全ての機能がストップし

入場の出入りもできません。



この時間は、全てが止まるのです。



毎夜、

このわずかなときは、

あなたの生においてもっとも貴重だ。


毎晩、

ひじょうに多くの生きている

ブッダたちがここに集まるとき、


この場所は全世界で

もっとも重要な場所になる。



これほど多くの人たちが

いっしょに瞑想しているところは

他にないからだ――



生命の源泉そのもの、

永遠性、不死性が見つけられるほど

深く掘り下げている


OSHO



そうして過ごす時間が

私のプーナでの生活を豊かに

過ごす基盤となっていると言っても

決して過言ではありません。



なんか知らんけど

色んなことが起こるんだよね。



何もしていないんだけど。



瞑想の時間が終わると

その日1日に起きた色んな事が


統合され、消化され

静かで平安に満ちた空間が広がります。




日本人で新しくプーナに

いらした方が、

OSHOの英語が理解できないから


という理由で参加しないのは

本当に残念ですが、



これは私の思いなので

どうするかは本人の自由意志。



しかしながら、

その時間をどうやって過ごしたら

いいか分からないだけかも

しれないんだなぁって

思っています。



今年のGW連休に

プーナ体験ツアーを予定していますが



このあたりも

プーナで瞑想生活を


最大限に満喫する秘訣も

シェアしていくツアー編成にしようと思っています。


Osho、セラピストという役割を果たすことは、私自身の精神的な成長にとって危険なのでしょうか?



 人びとを助け、しかも同時に、私自身のエゴを溶かし去ることは可能でしょうか? 私は、はっきりとしている部分と、明晰さとは無関係でいたがっているもう一方の部分との間の、微妙な戦いが内側でつづいているのを感じます。

 あなたのガイダンスのもとで私は、自分の見る能カを使うときに、他者を支配せずにいることを学びました。でも依然として私は、私自身を支配しているのでしようか?

 セラピストの役割は、非常に微妙で、複雑なものだ。

 まず、セラピスト自身が、助けようとしている相手と同じ問題で苦しんでいる。セラピストは、技術を使っている者にすぎない。彼は、自分がマスターだ、と自分自身をごまかし、その振りをすることもできる。これは、セラピストとしての、最大の危険だ。だが、ほんの少しの理解で、ものごとは変わってくる。

 まず、「他の人びとを助ける」という見地から考えないことだ。それがあなたに、救世主である、マスターであるという考えを与える。するとエゴが、裏口から再び入り込んでくる。

 あなたは重要になる。

 あなたが、グループの中心だ。誰もがあなたを尊敬している。

 「助ける」という考えを落としなさい。「助ける」のかわりに、「分かち合う」ということばを使いなさい。あなたは、何であれあなたの持っている洞察を分かち合う。参加者は、あなたより劣っている誰かではない。セラピストもセラピーを受ける者も、両者とも同じ舟に乗っている。セラピストは、ほんの少し知識があるにすぎない。あなたの知識は借物だという事実に覚めていなさい。あなたが知っていることは何であれ、それがまだあなたの体験ではないことを一瞬たりとも忘れてはいけない。そしてこれが、あなたのグループに参加している人びとを助けることになる。

 人間は、非常に微妙なメカニズムだ。それは、両方に働きかける。セラピストはマスターになりはじめる。そして、助けるよりもむしろ、参加者の何かを破壊している。なぜなら、参加者も技巧のみを学ぶことになるからだ。愛にあふれること、分かち合われる友情信頼の雰囲気はなくなる。そのかわり、「あなたはより多くを知っている。私は少ししか知らない。いくつかセラピー・グループに参加することで、私もあなたと同じぐらい多くを知るだろう」

 参加者自身が、徐々にセラピストになりはじめる。ほとんどの国で、何の学位も要求されていないからだ。ごく少数の国が、受け容れることのできないあらゆる種類のセラピーを禁止しはじめた。治療学、精神分析精神療法の分野の、大学の資格をえた者のみが、セラピー・グループで人びとを助けることができる。

 これは、世界中のほとんどあらゆる国で起こることになるだろう。セラピーが、ビジネスになってしまったからだ。そして、資格のない者が、それを牛耳っている。彼らはテクニックは知っている。テクニックなら学ぶことができるからだ。いくつかグループに参加することで、彼らはあらゆるテクニックを知る。その上に、自分自身で、でっちあげも作ることができる。だが、統括する術はない……。

 だが、覚えておきなさい。あなたが「助ける者」を演じるとき、「助けられる者」はけっしてあなたを許しはしない。あなたは、彼のプライドを傷つけた。あなたは、彼のエゴを傷つけた。あなたは、そんなつもりではなかった。あなたは、ただ自分自身のエゴをふくらませたかっただけだ。だが、これは、あなたが他人のエゴを傷つけるときにしか、起こりえない。あなたは、他者を傷つけることなしには、自分のエゴをふくらませることはできないのだ。あなたのより大きなエゴには、より大きなスぺースが必要になる。そして他者は、あなたとともに在るために、自分のスペースを、自分の人格を縮めなければならない。

 まさに最初から、真撃な愛情深い人が……。そして私は、愛に勝る治療はないことを絶対的に必要なポイントとする。技巧は助けることができる。だが、真の奇跡は愛を通して起こる。セラピーに加わる人びとを愛しなさい。そして、彼らのなかの一員でいなさい。より高いとか、より神聖だという気取りなしに。

 まさに最初から、明確にしなさい。「これは、私が学んだテクニックだ。私の体験はほんの少しだ。私はあなたにテクニックを与える。そして、私の体験を分かち合う。だが、あなたは私の弟子ではない。あなたはただ、まさかの時の友だ。私には、いくらかの理解はある、そんなに多くではないが。私は、それをあなたと分かち合うことができる」。おそらく多くの者が、さまざまな分野、さまざまな方向からの彼ら独自の理解を持っている。彼らもまた、自らの体験を分かち合い、グループを豊かにすることができる。

 ことばを換えて言えば、私が言っていることは、セラピーのまったく新しい概念だ。セラピストはたんにコーディネーターにすぎない。ただ、グループをより静けさに満ち、穏やかにしようと試みる。彼は、何もまちがった方向にいかないよう目を見張る。マスターというより、むしろ保護者だ。

 そしてあなたもまた、明確にしておかなければならない。「私もまた、自分の体験を分かち合おうとするなかで、学んでいる。あなたの話に耳を傾けるとき、それは、あなただけの問題ではない。私の問題でもある。そして、私が何かを言うとき、私はそれを言っているだけではなく、聞いてもいる」と。

 あなたが特別な誰かではないことを、強く明確にしいなさい。これは、グループのはじめになされなければならない。そしてグループが、より深く探求していくなかでも、それをつづけなければならない。

 あなたはただ、数歩だけ先を行っている年長者であるにとどまる。さもなければ、あなたは人びとを助けることはできない。彼らは、テクニックを学ぶだろう。そして、自らセラピストになっていくだろう。それに、愚か者は充分にいる。地球上には、50億の馬鹿者が……。彼らは、彼ら自身の追従者を見いだすだろう。

 人びとが自分を尊敬しはじめると、「人びとが私を尊敬しているのなら、私には何か偉大なものがあるにちがいない」と考えはじめるのは、人間の弱さだ。人びとは悩んでいる。彼らは、人間の脆さゆえに苦しんでいる。だが、あなたもまた人間だ。そして、まちがいを犯すことは、まったく人間的なことだ。どんな非難もなしに、大いなる愛を持って、彼らが自分自身を開くのを助けるがいい――。それは、あなたが自分自身を開いてのみ可能だ。

 私は、奇妙な事実に出くわしたことがある。見知らぬ者同士は、自分が知っている相手にはけっして言えないようなことを語り合う。列車のなかで、あなたは誰かに会う。あなたは、相手の名前を知らない。その人がどこへ行くのか、どこから来ているのか知らない。すると、人びとは分かち合いはじめる。私は、国中を20年間休むことなく旅し、人びとが自分たちの秘密を見知らぬ相手に打ち明ける奇妙な現象を見てきた。なぜなら、見知らぬ人間は、それを食い物にしはしないからだ。次の駅がくると、見知らぬ相手はいなくなる。おそらく、二度と会うことはあるまい。それに彼は、あなたの評判や何かを落とすような関係にはない。それどころかあなたが、あなたの秘密を、あなたの弱さを、あなたの脆さを分かち合うことで、相手はより自信を持ち、あなたに対してより多くの愛惰を、信頼を寄せるようになる。あなたの信頼が、あなたに対する彼らの信頼を呼び起こす。あなたがあまりにも無垢で、あまりにも開いているのを見て、彼らは開きはじめる。それは連鎖反応だ。

 だが、あなたがマスターになってしまったら……。このコミューンから、幾人かの愚かなセラピストがマスターになった。彼らは、彼ら自身の実存について何ひとつ知らない。彼らは、存在の神秘について何ひとつ知らない。彼らが知っているすべては、ある特定のマインド・ゲームだけだ。もし、あなたが行き着いた人のガイダンスのもとに究極的にいるのなら、そのマインド・ゲームも助けになりうる。セラピー・グループは、確かにほんの少し混乱をなくし、ほんの少し明晰さを創ることができる。

 だが、セラピー・グループは最後ではない。それは、ほんのはじまりにすぎない。それは瞑想のための準備だ。瞑想が光明を得ることへの準備であるように。

 あなたが、ものごとの単純な算術を理解すれば、それをむずかしいと思うこともないだろう。そして、あなたはもっとグループを楽しむ。グループは、あなたとともに、より深くいくことができるからだ。あなたは、グループの教師であるだけでなく、学ぶ者でもある。

 カリール・ジブランの予言者、アル・ムスタファは、すばらしいことばを残している。誰かが、「学ぶことについて何かおっしゃってください」と尋ねたとき、彼は言った。「あなたが尋ねたから、私は話そう。だが、覚えておくように。私は話している。そして私もまた、あなた方とともに聞いているのだ」

 私は、ここポディウムの上にいる。そして私は、あなた方のなかに坐ってもいる。私は、まったく特別ではない。それが、人びとを近くに引き寄せる。特別だと自慢することは、隔たりを生む。エゴの充足は、愛の雰囲気を破壊する。そして、私はもう一度繰り返す。愛よりも偉大なセラピーは存在しない。

 あなたのグループの参加者になった人びとを愛しなさい。あるべき姿としてではなく、あるがままの彼らを愛すのだ。彼らは生涯にわたって、あらゆる類の宗教、政治、社会、神学、哲学の指導者に苦しめられてきた。指導者たちは、人びとが従えば愛する、人びとが自分たちの考えに沿ったイメージになれば愛する、そういった者たちだ。彼らは、あなたを完壁に殺し、粉々にし、自分たちの考えに従ってあなたを組み立てたときのみ、あなたを愛する。

 すべての宗教が人類に対して、そうしてきた。無傷でいたものはいない。そして、この人びとは自分たちが助けていると思っている。意識的に彼らは、あなた方に、理想、イデオロギー、規律、戒律を与えていた。あなた方を助けたいという、確固たる態度をもって。さもなければ、あなた方が道に迷うだろう、と。彼らは、あなたの自由を信頼することができない。あなたの尊厳に敬意を払うことができない。彼らは、あなた方をあまりにも貶めてきた。そして、誰ひとり反論さえしない。

 イエスが人びとに、「あなた方は羊だ。そして、私は羊飼いだ」と言ったとき、確かにあの人びとは羊だったにちがいない。なぜなら、ひとりとして立ち上がり、「これはあんまりだ! あなたは、自分自身をそんなに高く奉って、私たちのことを羊と呼んでいる。私たちを人間以下にまで引き下げている」とイエスに言った者がなかったからだ。

 さらにイエスは言った、「私は救世主だ。私は全人類を救う。唯一の条件は、彼らが私を信じることだ」だが、その条件は、あなたのなかの美しさすべて、あなたが美しく類稀な存在へと成長する権利のすべてを破壊する。

 私は、つねに、イエスは革命的なことは何も言わなかった、ユダヤ教に反抗してさえいなかったのではないかという疑いを持っていた。だが、問題がつきまとった。それなら、なぜ彼は磔にされたのか? 彼の強調するすべては、例外なく、「私はユダヤの預言者だ。ユダヤの神の子だ」ということだった。ユダヤ人が待っていた預言者、メシアだ。彼らの経典が語っていた。すぐにもメシアがやってくる、あなた方みなを救う最後のメシアが、と。あなたの側では、ほんの小さなことがなされるだけでいい。ただ、彼を信じることだ。

 イエスがなぜ礫にされたのかという私の疑問は、たんなる疑いではない。それには充分な証拠と証明、そして、その背後に論拠がある。ソクラテスは、確かに彼の革命的な思想、ギリシャ人には許しがたいその生き方ゆえに毒をもられた。確かに、ギリシャの若者にとって、彼の影響は絶大だった。年老いた世代は、恐れをなした。「すぐに彼らは行ってしまうだろう。そして、国中が、伝統に反し、神に反し、天国や地獄やもろもろのナンセンスに反対し、ただひとつのこと、真実を主張するあの男に影響されてしまうだろう」。真実は、あなたのなかにある。経典のなかではない。どんな救世主のなかにもない。どんなメッセンジャーのなかにもない。

 ソクラテスは、明らかに社会によって毒を盛られたのだ。彼が途方もなく革命的だったからだ。反乱の人だった。もちろん、彼が語っていたことは、人類全体のためのものだった。だが、それは過去に反した。何であれ、あなたの未来を高め、より豊かに、より美しく、より人間らしくするものは、過去に反してしまう。過去は野蛮で、醜く、非難すべきものだ。だが、イエスはそうしたことは何ひとつしていない。彼は、なぜ磔にされたのか? 彼は、古い過去に完全に同意していた。彼は、ユダヤ教が基本としてかかげていたことすべてを受け容れた。

 私の理解はこうだ――

 イエスが磔になったのは、自分たちがただの羊で、彼が辛飼いだと聞くのに、人びとが、うんざりしたからだ。彼は、非常に多くの人びとのエゴを傷つけた。彼は、非常に多くの人びとの自尊心を、人間として在る尊厳を台無しにした。それが、イエスの磔の理由だ。さもなければ、彼はまったく潔白だった。どんな目に見える犯罪も犯してはいなかった。

 だが、この犯罪は、それが目には見えず、表面には現れない、あなたが掴むことのできないものであっても、はるかに残忍だ。だが、あなたは理解できる。あなたは、あなたより高い、あなたより神聖だというふりをする者は許せない。彼が神の唯一の子で、あなた方はみな孤児なのか? 私生児なのか? あなたは何だろう? もし、神がみなの父なら、ただひとりの息子をきどっているこの男は誰なのか? 強調点は、「ただひとり」にある。彼は、全人類の、自分自身のエゴを育むという権利を取り上げてしまった。

 さもなければ、彼が何を語ろうと、何をしようと、無視されただろう。そこには、何も特別なことはなかった。彼は、単純にユダヤの古い頂言を繰り返していた。彼は、ユダヤの古い預言を引用していた。しかも正確でさえなかった。彼は教育を受けていなかったからだ。彼は読むことができなかった。彼は、けっして司祭のもとにいたことがなかった。ユダヤ人は、何千年もの長い学問の伝統を持っていた。彼らは、エルサレムに大きな大学を持ち、人びとはその全生涯を研究に捧げた。学識に関して言えば、彼らは非常に豊かだった。

 イエスは、知識の人ではない。そして、明らかに体験の人でもない。なぜなら、体験の人は、「私はただひとりの神の子だ」などというナンセンスを口にしないからだ。神は仮説にすぎない。それに私は、仮説が子どもを作るなんて聞いたことがない。そんなことをするのはインド人で、仮説ではない。仮説は完全に不妊だ。

 誰かがあなたを救わなければならないという考えは、あなたを傷つける。彼は、あなたに、あなた自身を救う自由さえ許さない。イエスは、非常に明確に理解されねばならない。彼は、人間の自由すべてに反する男のひとりだ。彼は、物腰も柔らかに話す、ちょうどセールスマンのように。だが、その意図は、個人――誰かのコピーでなく、ただあなた自身――としてユニークに成長する、あなたの基本的、根本的生得権を取り去ることだ。

 彼は、人びとをあるがままに受け容れなかった。そして、彼らが自分の教えに従うべきだと主張した。彼は、疑うことや、議論することさえ許さなかった。あなたは、神の子とは議論できまい。彼が言うことが真実なのだ。だが、それは、たった3年で積もりつもってしまった。彼は、世間で、3年以上教師でいられなかった。人びとは彼に我慢できなかった。それは、あまりにも侮辱に、屈辱になった。

 イエスの礫の理由は、キリスト教徒が世間に言いつづけているように、彼が大いなる革命家だったからではない。理由は、彼が非人道主義者だったからだ。人びとは、報復として彼を礫にしたのだ。それは、彼らの頭の上にあまりにも重くのしかかってきた。木を切り、父親の店まで丸太を引いていた教育も受けていない大工の息子が、突然、救世主になる……しかも、あなたが彼を信じるという、単純で、安っぽい条件で、すべての救世主に。

 彼は、あなたに、考える自由、瞑想する自由、探究する自由、探し求める自由さえ与えない。まったく何の自由も。彼は、世界最大の隷属、キリスト教を創った。今や、世界の半分がキリスト教徒だ。そして、これらすべての奴隷はカトリックあるいはプロテスタント、それは問題ではない――彼に責任がある。だが、彼の隷属は非常に微妙で、非常に心理的だ。

 今や、現実は、彼は自分自身を救うことができなかったということだ。そして、彼は、人類全体を救うふりをしていた。死の前に、「戻ってきて、人類を救うのに、どのくらいかかるのですか?」と尋ねられたとき、彼は言った、「心配しなくていい。私はすぐに帰ってくる」。2千年が過ぎた。私も、「すぐに」を引き伸ばすことはできるが、こう長くはない! 2千年は、あまりにおおげさだ。

 そして、今だに兆候がない。どこに聖母マリアがいるのかもわからない。少なくとも彼がくる前に、聖母マリアが現れるべきだ。大工のヨセフが現れるべきだ。彼が聖母マリアと結婚しなければならない。そして、彼が床入りをする前に、精霊が現れなければならない。それが、処女を犯す簡単なケースだ。こうしたあらゆる困難をともなって、イエスが生まれる。が、彼がどうしてあなたを救えるだろう? 

 私は、私の友人のひとり、優れた医者のことばを思い出す。彼がまだ生きているかどうか、私は知らない。ここ六年間、彼のことを何も聞いていないからだ。彼は、私がボンベイヘ、それからプーナヘと移る前に住んでいた都市で、もっとも著名な医師だった。彼は私に言った「私の全生涯の体験は、医者の役目は患者を治すことではないということなんだ。患者は、自分自身で治す。医者は、ただ愛に満ちた雰囲気、約束を与える。医者は、ただ自信、生き返ること、長く生きることへの熱望を与える。薬はみな、二次的な助けだ」だが、もし、人が生きる意欲を失ったら、彼の全生涯の体験はどんな薬も、何も助けにならないことになる。

 セラピストの状況も同じだ。セラピストは、人びとの心理的な問題を治す人ではない。彼は、愛に満ちた雰囲気を創れるだけだ。そのなかで、彼らは、自分たちの抑圧された無意識な空想、抑制、妄想、欲望を、笑われるという恐怖なしに、みなが慈愛と愛情を感じてくれるという確信を持って開くことができる。グループ全体が、治癒的な状況として機能すべきだ。

 セラピストは、たんにコーディネーターにすぎない。セラピストは、心理的に病み、かき乱された人びとを集め、ただ、何もまちがった方にいかないように見ている。そして、もし、ある考えで、ある洞察で、ある観察で、彼らを助けられるなら、あなたが体験を得ていないかぎり、「これは、私の体験ではなく、私の知識にすぎない」ことをつねに明確にしなさい。

 もし、あなたが真摯で、真実で、正直で、真正なら、けっしてマスター、救世主になる罠に落ちない。落ちるのは非常にたやすい。あなたがマスターに、救世主になると――あなたは、そうではないのだが――こうした人びとを助けてさえいない。あなたは、ただ、こうした人びとを、彼らの弱さを、彼らのトラブルを食い物にしている。

 世界中の精神分析のムーブメント全体は、起こっていることがらのなかでもっとも搾取的な試みだ。誰も救われない。みな、途方もなく搾取されている。誰も救われていない。なぜなら、精神分析医、精神療法家は……。心理学は、多くの派に分かれてきた。だが、彼らはみな、同じ仕事をする。彼らは、あなたを患者に貶める。そして、彼らは医者だ。

 そして、問題は、彼ら自身が同じ病いで苦しんでいることだ。精神分析医ひとりひとりが、救いを求めて、年に2回は他の精神分析医のもとに行く。これは、偉大なる陰謀だ。あらゆる狂気に耳をかしていると、あなたがマインドとその問題を超えていないかぎり、あなた自身も気が狂っていく。あなたは、あなたの患者が苦しんでいるのと同じ間題で苦しみはじめる。彼らを治すよりむしろ、彼らがあなたを病気にしている。だが、責任はあなたにある。

 愛を、開かれた感覚を、誠実さを持ち込みなさい。彼らがハートの扉を開きはじめる前の彼らは、あまりにも堅く閉ざしているので、誰も自分の問題がわかっていない。精神療法家の最初の役目は、自らのハートを開き、自分も同じ人間であることを彼らに知らせることだ。同じ弱さに、同じ性欲に、同じ権カヘの欲望に、同じ金銭への欲望に悩んでいる。苦悩と不安に悩んでいる、死の恐怖に悩んでいる。

 あなたのハートをあますところなく開きなさい。それが、他者があなたを信頼する助けとなる——あなたが何かになりすましているのではない、と。救世主、預言者、メッセンジャー、ティータンカラ、アバタラは、完全に姿を消した。今日では、彼らの誰も受け容れられないだろう。今度もし彼らのうちの誰かがふたたび現れても、人びとは石を投げて殺すことさえしないだろう。人びとは、彼らを笑い者にするだろう。彼らはただこう言うだろう、「あなたは馬鹿だ。自分が人類全体を救えるという考え自体が、狂気の沙汰だ。まず、あなた自身を救うことだ。そうすれば、私たちは、あなたの光を見るだろう。そして、あなたの壮大さを、光輝を見るだろう」。信頼はひとりでにやって来る。それは、要求されるものではない。それは、ちょうど、山からの新鮮なそよ風、大海からの高波のようにやって来る。そのためにあなたがしなければならないことは、何もない。あなたは、ただ、正しい時に、正しい場で開いていなければならない。

 あなた以外の誰も、あなたを救うことはできない。私はあなた方に言う、あなた自身の救世主になりなさい。

 だが、助けは条件つきで可能だ。それが、愛とともにやって来ることだ、「あなたは私を信頼し、あなたのハートを開いてくれた」という感謝とともにやって来ることだ。

 セラピストの役割は、確かに非常に複雑だ――しかも、愚か者たちがそれをやっている! 状況は、まるで肉屋が外科手術をしているようなものだ。彼らは切り方は知っている。だが、それで彼らが脳外科医になれるわけではない。彼らは、水牛、牛、あらゆる類の動物を殺せる。だが、彼らの役割は死に貢献するものだ。セラピストは生に貢献する。セラピストは、自分自身を生きることで、ハートの静けさに向かうことで、生への肯定的な価値を創らなければならない。

 あなた自身のなかに深く在れば在るほど、あなたは他者のハートのなかにより深く行き着くことができる。それは、まったく同じことだ……。あなたのハートも他者のハートも、それほどちがうものではないからだ。もし、あなたがあなたの実存を理解すれば、誰もの実存を理解する。そして、そのとき、あなたは自分もまた愚かだったこと、幾度も堕落したこと、自分自身に反して、他者に反して罪を犯してきたことを埋解する。もし、他の人がまだそうしているとしても、非難する必要はない。彼らは、気づかされなければならない、そして、彼ら自身に任されるべきだ。彼らを特定の枠のなかにはめようとはしてはならない。

 そうなったら、それが、セラピストで在る喜びだ。なぜなら、あなたは人間の内面を知るに至ったからだ。生のもっとも秘められ、隠された場所のひとつを。そして、他者を知ることで、さらにあなたはあなた自身を知る。これは、悪循環だ。他にことばがない。さもなければ、私は「悪」ということばは使わない。

 私がことばを作るのを許してほしい、これは、悪循環だ。あなたはあなたの患者に、参加者に開く。すると、彼らは彼ら自身をあなたに開く。それは、あなたがさらに開くのを助ける。そして、それは、彼らがさらに開くのを助ける。すぐに、セラピストはいなくなる。患者はいなくなる。ただ、愛に満ちたグループが互いを助けている。セラピストがグループのなかに消え去らないかぎり、彼は成功したセラピストではない。それが私の基準だ。

 あなたは言っている、「あなたのガイダンスのもと、私は私の見る能力を使うとき、他者を支配しないことを学びました。でも、依然として、私は私自身を支配しているのでしょうか?」それらはふたつのことではない。支配は支配だ。あなたが他者を支配しようと、あなた自身を支配しようと――。もし、あなたがあなた自身を支配しているのなら、そのときは、ある微妙なやり方で、あなたは他者をも支配することになる。そうならざるをえない。

 あなたが落とさなければならない最初の支配は、他者に向けてのものではない……。彼らがあなたの支配を受け容れるかどうか、それは確かではないからだ。あなたが落とさなければならない最初の支配は、あなた自身へのものだ。なぜ、あなた自身囚人になり、大変な努力をして自分自身のまわりに牢獄を築き、自分が行くところどこにでも、それを持ち運んでいくのかね? 

 まず、自由の、広大な空に翼を広げる鳥の、歓喜を学びなさい。あなたの自由そのものが、他者のための変容の力となる。

 支配はあまりにも醜い。それは、なんの差恥心もない政治家に任せておきなさい。彼らは最低の暮らしをしている。そして、自分たちは王宮に住んでいると思っている。彼らの生涯は、どん底の卑しい生涯だ。彼らはそこで生き、そこで死ぬ。彼らは首相だ。彼らは大統領だ。彼らは王だ。彼らは女王だ……。

 もっとも貴重なエジプトの詩人のひとりが、かつて尋ねられた、「世界には、何人の王がいるのでしょう?」と。そのとき、彼は言った、「5人の王がいるのみだ。ひとりはイギリスに、そして、4人はトランプのなかにいる」。今やこれは、5人の女王がいる、ひとりはイギリスに、4人はトランプのなかに、と言い換えることができる。が、彼らは、もはや何も持っていない。彼らは、ただ、空ろに感じる自分の内側を満たすために、さらに多くの権力を手にしようとしている。

 外から見れば、内側は空っぽだ。内側から見れば、全世界は空っぱだ。

 唯一、あなたの内側だけが溢れている。だが、溢れているものは、不可視だ。あなたの実存の香り、愛、至福、法悦、沈黙、慈愛――何ひとつ目で見ることはできない。

 それゆえに、あなたが外側から見ても、すべてが空っぱに思えるのだ。すると、強い衝動が起こる。いかにして、それを満たすか? 金銭で、権カで、地位で、大統領に、首相になることで……? 何かをして、それを満たすのだ! 人は、内側の空っぽ、内側の空虚とともに生きることができない。

 だが、こうした人びとは、内側に入ったことがない。彼らは外側から覗いただけだ。これが問題だ。外側からは、あなたは物質を見ることができるだけだ。愛は物ではない。至福は物ではない。光明を得ることは物ではない。理解は物ではない。知恵は物ではない。それはみな、人間の存在における偉大さだ。生は主観的だ。客観物ではない。だが、外側からは、物が見えるだけだ。

 それは、どんなゴミでも自分の虚ろな内側を満たそうとする、途方もない緊急性を与える。借物の知識でそれをいっぱいにしている人びとがいる。自ら好んで自分を痛めつける、それをいっぱいにしている人びとがいる。彼らは聖人になる。首相になるために、大統領になるために乞食でいる人びとがいる。あらゆるところで、空虚な人びとが、他者を支配せずにはいられないという必要にかられている。それが、彼らに、自分たちは空っぽではないという感覚を与える。

 サニヤシンは、自分の主観のなかに、内側から分け入ることからはじめる。そして、途方もない宝、尽きることのない宝に気づくようになる。そうしてのみ、あなたはあなた自身を支配することをやめる。他者を支配することをやめる。そんな必要はまったくない。その瞬間から、あなたの努力のすべては、個人として在ることを、自由を、至福、充足、平和の途方もない、尽きることのない源泉をみなに気づかせることになる。

 私にとって、セラピーが瞑想のための土壌を整えるのであれば、セラピーは正しく起こっている……。患者のための土壌、そして、セラピストのための土壌、両方を。セラピーは、あるポイントで瞑想へと向かわなければならない。瞑想は、あるポイントで光明を得ることへと向かう。こんなにも途方もない潜在性を持ちながら、ただ乞食のままでいるとは……。

 私は、他の人のことを考えると、ときおりとても悲しく感じる。彼らは乞食ではない。だが、乞食のようにふるまっている。そして、物乞いを落とす用意がない。物乞いこそ、自分たちがえたすべてなのだと恐れているからだ。物乞いを落とさないかぎり、彼らは自由が皇帝だということを、自分の帝国が内側にあることをけっして知ることはないだろう。

 あなたは、人びとを支配するのをやめているにしても、自分自身を支配しはじめているのではないかと疑っている。これでは何も変わっていない。あなたはメッセージ全体を誤解した。

 まちがいを犯すこと、誤解することは、人間的なことだ。だが、彼女は知性的な女性だ。セラピーの新しい考えをうまく扱うことができる。彼女はセラピーの先駆者になることができる。だが、あらゆるところに、あまりにも多くの愚か者がいる。あなたが、何か愚かなことをはじめれば、追従者がついてくるのを目にすることになる。

 ……あなた自身を可能なかぎり深く理解しようとしてごらん。セラピーは二の次だ。あなたが、瞑想と沈黙を通して、自分の実存を精錬しないかぎり……。私は、ワークをやめなさいとは言っていない。私は、その質を変容しなさい、と言っているのだ。それを真のワークにしなさい。あなたのハートを開きなさい。彼らにあなたの弱さを語るのだ、彼らにあなたの問題を話すのだ。彼らの助言を求めなさい彼らはあなたを助けられるだろうか? ひとたび、参加者が、セラピストはエゴイストではないことを理解すれば、彼らは絶対的な謙虚さと、開いたハートとともにやって来る。そうすれば、あなたは彼らを助けることができる。

 だが、つねに、いつでも、覚えておきなさい――セラピーそれ自体では、不完全だ。完壁なセラピーでさえ、最初のステップにすぎない。第二のステップがなければ、それは無意味だ。

 だから、患者が瞑想に向けて動きはじめた時点で、彼らに任せなさい。あなたの患者が瞑想への探究をはじめたとき、初めて、あなたのセラピーは完了する。彼らのハートのなかに、瞑想への大いなる憧れを創りだしなさい。そして、瞑想もまた、ただのステップ、第二のステップにすぎないことを彼らに伝えなさい。光明を得ることへとあなたを導かないかぎり、それ自体もまた充分ではない。これが、努力全体の項点だ。そして、私はあなたを信頼している、あなたにその能力があることを。

 セラピーの限界は瞑想がはじまる地点、そして、瞑想の限界は光明がはじまる地点だということをポイントにしなさい。もちろん、光明を得ることは、何かへのステップではない。あなたは、ただ、宇宙の意識のなかへ消え去る。あなたは、蓮の葉から大海へとすべり落ちる滴になる。だが、それは、もっとも偉大な体験だ。それは、最終的に生を意味あるものに、意義あるものにする。あなたのエゴがあなたから切り離していた宇宙、その一部にあなたがなることを許す。そして、それは非常にたやすい。この沈黙と同じほど、たやすい。誰も、何千もの人がここに坐っているとは考えられない。

 あなたは、ただ、正しい方向に動かなければならない。正しい方向の感覚、そして、すべてが、意識のより高い状態への踏み石になりうる。私は、あらゆることを使ってきた。が、方向は同じだ。私は、多くの種類の瞑想を用いてきた。外見は、ちがって見える。百と十二の瞑想法がある。それらはひとつひとつ非常にちがって見える。あなたは考えるだろう、どうやってこの異なった手法がみな、瞑想へと導いていけるのか、と。だが、それは導く。さながら、花輪を貫いて通っている糸が見えないように。あなたは花しか見ない。これら百と十二の花は、糸でつながれている。その糸は、目撃すること、目を見張っていること、観照、覚醒だ。

 患者が自分の問題を理解するように、できるだけ助けなさい、だが、そうした問題を解決したとしても、同じ人間のままだということを彼らに明確にしなさい。明日、あなたはまた同じ問題を作りはじめる。おそらく、ちがうやり方で、ちがう色合いをつけて。

 そう、あなたのセラピーは、瞑想へのオープニング以外の何ものでもあるべきではない。そのとき、あなたのセラピーは途方もない価値を持つ。さもなければ、それはたんなるマインド・ゲームだ。

The Great Pilgrimage: From Here to Here


https://www.osho.com/ja/read/featured-books/yoga/therapy-prepare-a-foundation-of-meditationより

セラピーは瞑想のための土壌を用意する | OSHO | Meditation - Mindfulness and the Science of the Inner

 Osho、セラピストという役割を果たすことは、私自身の精神的な成長にとって危険なのでしょうか?  人びとを助け、しかも同時に、私自身のエゴを溶かし去ることは可能でしょうか? 私は、はっきりとしている部分と、明晰さとは無関係でいたがっているもう一方の部分との間の、微妙な戦いが内側でつづいているのを感じます。  あなたのガイダンスのもとで私は、自分の見る能カを使うときに、他者を支配せずにいることを学びました。でも依然として私は、私自身を支配しているのでしようか?  セラピストの役割は、非常に微妙で、複雑なものだ。  まず、セラピスト自身が、助けようとしている相手と同じ問題で苦しんでいる。セラピストは、技術を使っている者にすぎない。彼は、自分がマスターだ、と自分自身をごまかし、その振りをすることもできる。これは、セラピストとしての、最大の危険だ。だが、ほんの少しの理解で、ものごとは変わってくる。  まず、「他の人びとを助ける」という見地から考えないことだ。それがあなたに、救世主である、マスターであるという考えを与える。するとエゴが、裏口から再び入り込んでくる。 Welcome to the world of OSHO – one of the most influential mystics of the 20th century – whose insights into the science of the inner continue to touch and inspire the hearts of millions of individuals worldwide

OSHO | Meditation - Mindfulness and the Science of the Inner

29年前の今日、OSHOは訪れていた地球を離れ、肉体という制限を超えていった日。

彼が最後に託した、

I leave you my dream.


彼の夢を世界中で実現していくのは、今身体に生きている私たち一人ひとりにかかっています。

とはいえ、何か偉大なことをするということではなく私たちが自身の生を喜びと祝祭とともに十全に生きること、油断覚めて気づきと共あること。


これが、1人ひとりが出来る小さなことであり、偉大なことであると考えております。


具体的には、日々の生活のなかで
1時間自分のためだけの時間を取る。

その1時間OSHO瞑想を実践していくことが、私たちに出来ることでしょう。


どの瞑想から始めたらよいのか、不安な方はセンターまでご相談下さい。

世界中のどこに住んでいても参加できるオンライン瞑想会を、1月22日夜21:30より開催いたします。


瞑想が初めての方にも、とっても優しい簡単なガイド瞑想です。

ゆったりと横になって、寛ぐ。

ガイドの声に任せて、何もせずにいることを許していく受容的な技法です。


ご興味ある方は、ぜひ一度お試し下さい。


こころでからだの声を聴く
オンライン体験瞑想会


日程:1月21日(火)
時間:21時30分〜23時頃
場所:PCかスマホでネットに接続した環境で、横になってリラックスできる場所(最適環境は布団のなか)※声だけ参加OK
参加費:1000円
支払方法:クレジット決済、あるいは口座振込
ナビゲーター:トーシャン

詳細はこちら

自己治癒力を高め、深く寛ぐ自己変容のプログラム

このプロセスは、あなたのからだと友だちになる、より親密になるためのヒプノシスを使ったガイド瞑想です。


このガイド瞑想は、私たちのほとんどが忘れ去ってしまった言語を思い出す深い寛ぎのプロセスで、あなた自身の身体と会話するための言語を思い出すことによって再びからだと繋がり、からだからのメッセージを受け取り、それを毎日の生活に新しい方法で取り入れることができるようになります。



あなた自身のからだにと会話をし、話りかけ、そのメッセージに耳を澄ますという技法は古代チベットにおいて広く知られた実践法です。



7日間のプロセスの、その前に、、、


この7日間のプロセスは、毎日同じ時間に受講していただくプログラムなので

「7日間毎日受けられる」ことが参加の基本条件です。


そこで!



一週間コミットする前にやっぱり一度はどんなプロセスなんだろうって

体験してみたいですよね!


7日間のオンライン講座が始まる前に、このプロセスの味わいを試してみたい方々を対象に

体験瞑想会を開催します。


体験会では、実際のコースと同じ要領で進めていきます。


最初の説明時間も含めて、約60〜70分で終了です。



実際に受けていただくことで、


「あぁ、こんな感じで進んで行くのか〜」


「こんなに楽でいいなら受けてみようかなぁ」


「ファイシテーターの声を聴きながら受けると、CDとは全然違っていいね」


ということが体験としてお分りいただけると思います。




【こころでからだの声を聴く】体験瞑想会



日程:1月15日(火)

時間:21時30分〜23時頃

場所:PCかスマホでネットに接続した環境で、横になってリラックスできる場所(最適環境は布団のなか)※声だけ参加OK

参加費:1000円

支払方法:クレジット決済、あるいは口座振込

ナビゲーター:トーシャン



!特典!

体験会後、7日間コースにお申し込みの方はコース参加費から体験会参加費1000円を差し引き、残額をお振込下さい。




◎キャンセルポリシー

ご入金の返金は受け付けておりません。ご注意ください。

(当日までの振り込みが難しい方はその旨をメールでご相談ください)


身体はあなたの友人であり、敵ではない。
その言語に耳を傾け、その言語を読み解き、そして少しずつ身体という書物の中に入り、そのページを繰っていくにつれ、あなたは生の神秘そのものに気づくようになるだろう。
それは凝縮した形で、あなたの身体の中に存在している。

それは何百万倍にも拡大され、世界にあまねく存在している。

OSHO


体験された方の声


「また今日の自分の体への呼びかけをしていたら、涙がこぼれてきました。

あぁ、ほんとうに自分の体と会話をしていなかったんだな、と胸が痛くなり、そのあと和らいで広がるように涙が流れていました。

途中体がいろいろと動きたがるに任せながら、瞑想を続けました。

(40代 女性)


「1週間ありがとうございました。 あっという間の1週間でしたが、密度が濃かったです。 眠りを深くしたい、頭で考えやすいのでそれを静かにしたいというのが1つの目的でした。

瞑想が始まるとわりとすぐに深いところに入って、眠りにつけました。 毎日そういう感じでしたが、いつもより早い5時くらいに目が覚めるようになりました。

まだ眠いなと思う時はそのまま二度寝してますが、目が覚めた時にだるさはそれほど感じなくなりました。 眠りの質が少しずつ変わってきたかなと思ってます。

また、1週間の途中で割と大きめの仕事のプレゼンがあったのですが、そこまで緊張しないでリラックスして臨めました。 これからもこの寝る前の瞑想の習慣を続けていきたいと思います。」(40代 男性)




宇宙の計画を実行するのは宇宙。ワシらは役者。

 
ここプーナは、観測史上30年ぶりの大寒波の到来で、日本とあんまり変わりないやんか!
 
と思えるほど寒い日が続いてた年末年始。
 
インドでの年越しで、こんなに寒かったのは初めてなのですよ!
日本はヒーターや暖房機器が充実してるけど、ここはないのよ。夏用の扇風機しかないの。笑
 
そして、この大寒波とともにプーナにやってきた日本人女性がいたのです。
 
奇跡としか思えない神さまの計らいにより、お一人様ツアーで瞑想の旅にやって来たよしみちゃん💗


 
初めてインド、初めてプーナ、初めてダイナミック瞑想、、、
何もかもか初めてだらけなのに、とってもオープンで、全てを吸収し、ますます美人になっちゃって本当すごい!

 
瞑想の力というか、瞑想がもたらしてくれる潜在力を、よしみちゃんを通して再認識させてもらいました。
 


このプーナってとこは、OSHOミステリースクールなのです。


 

だから誰でも来れるようにドアは開いているんだけど、誰もがそう簡単に来れるところではないんだなぁって今回ほんとに実感しました。

 
OSHOはケチじゃないから、誰にでもサニアスを与えているし、誰でも瞑想ができるようなあらゆる手立てをしてくれているんだけど、そうだからって誰も彼もがやってくるわけじゃないんですね。
 
恐怖とか、不安とか、邪魔するものがいくつもあって、雲がかかって見えにくくなってるんだねぇ。
 

 

「ずっと会いたかった本当の自分と出会える喜び」

 
彼女のように
「自分て、なんやろ〜?」っていう憧れがとても強烈で、
 
その憧れが彼女を導いて、何も知らないまま、私と一度も会ったことないのに1人でプーナに来れちゃった。
 
これって、すごくないですか?
 
やっぱり何か神秘の力が働いてるんだよね。
 
 
彼女が瞑想から戻って来る度に、会いたかった自分と出会う喜びで全身がキラキラ輝いてた〜。
 
 
彼女の存在は、私とウッタムにも沢山のJOYをあたえてくれて、
 
彼女が私たちにくれた大きな喜びは、 OSHOから思いがけないギフトそのもの。
3人仲良く充実した年末年始を過ごしました。
 
まさか、こんな美人ちゃんと家族みたいに過ごす年越しになるとはねぇ。
 
人生って本当に予測不能やわ。
 
 
 
で、もう一回結論。
 

瞑想は必ずあなたを美人にする

 
 
 
追伸
次回のプーナ瞑想ツアーは、ゴールデンウィークの10連休(4/27-5/6)になります。
 
 

 


“Life is everything all together, and we allow our people to live in all dimensions. If somebody is crying and weeping, nobody is going to stop him here. Somebody may give him a hug and go on his way. That hug was not to stop his tears, but just a spontaneous response. We believe in life in its totality, in its days, in its nights, the sunny days and the cloudy days. We believe that everything in life can be enjoyed. You need just a little more awareness, more consciousness of what is happening.”

OSHO

約10分ほどの動画です。日本語字幕つき。






年末年始の休暇を利用してプーナにあるOSHOリゾートで、瞑想しながら2019年の新しい年を迎えましょう。 



日時:2018年12月29日(土)〜2019年1月5日(土) 

宿泊:リゾート近くのホテル 


日本から同行者付きのツアーではありませんが、個人のご希望に合わせてオプショナルツアーです。 ご希望の方は、メッセージください。 


こんな方にオススメ 

  • とにかく忙しいので、準備できる時間がない。誰かに準備手配をお願いしたい。 
  • 英語が不安なので、現地をよく知っている人にサポートをお願いしたい。 
  • 行きたい気持ちはあるが、何をどうしたらいいかわからない。 
  • グループで行きたくない。でも一人だと、ちょっと不安。 


 こちらで対応できること(有料)

  •  国際航空券のチケット手配 
  • インドビザ申請のお手伝い 
  • 空港⇄リゾート往復タクシー手配 ・現地ホテル手配 
  • 現地での過ごし方オリエンテーション 
  • 通訳 
  • 個別相談 
  • お土産などの買い物ツアー 
  • アユルヴェーダ・トリーメント手配 
  • プーナ散策ツアー 


 出発前から帰国まで、安心安全に過ごせるよう一緒に伴走いたします。 日程も調整可能ですので、希望日に合わせてお問い合わせください。 


 年末年始のチケット、まだまだ手が届くお値段です。 


 お問い合わせ 

OSHO Information Center TOKYO 

osho.tokyo@gmail.com 

Ma Atmo Toshan


~*~♪ ~*~♪ ~*~♪ ~*~♪ ~*~♪ 

 瞑想のもたらすもの、 


 それは沈黙であり、平安であり、 

永遠、不滅、不死の感覚だ。 


 瞑想のもたらすもの、 

 それは生のダンスであり、 

新しい歌であり、新しい音であり、 

 新しい生き方だ。 


 それは優美で、 愛に満ちている。 

 OSHO 

 ~*~♪ ~*~♪ ~*~♪ ~*~♪ ~*~♪ 



 OSHOが、この地球という惑星に訪れたのが1931年12月11日です。

 87回目となる、この日を瞑想とともにお祝いしましょう! 

Let’s celebrate with dance and meditation! 


 OSHOインフォメーションセンター TOKYOでは、初開催となるセレブレーションです。 会場は、メディテーションやヒーリング・ワーク拠点として、今、最も注目が集まっている五反田イズネス! 


今回のイベントは、イズネスの協賛を得ての協同開催となります。 この会はOSHO瞑想に興味がある方なら、どなたでも参加できます。 


それぞれの瞑想が始まる5分前に、デモンストレーション付きの説明をしますので、瞑想が初めての方も大丈夫。 


 お仕事が終わってから、イブニング・ミーティング(OSHO講話)のみの参加も大歓迎です。 


 携帯をサイレントモードにしてご入場下さい。 


 【開催概要】

 OSHOバースデーセレブレーション 

●日時: 12月11日(水) 15:00-20:30頃(開場14:30) 

●会場:五反田イズネス(JR五反田駅から徒歩5分) 

 品川区西五反田2-23-1スペースエリア飯嶋2F http://isness.jp

 ●参加費:2000円 (事前チケット購入 or 当日会場払い) 

●参加対象者:どなたでも参加可 

●持ち物:瞑想用の着替え、寒暖用のショール等 


 ※講話のみは、参加費1000円 

※年金受給者・障害者手帳をお持ちの方は 参加費すべて半額となります。 

※夜の瞑想は、7時過ぎから開始となりますが、お仕事帰りの方のためにドアは開けておきます。 携帯をサイレンスモードにし、外で靴を脱いでそっとドアを開けてお入りください。 

※服装は自由。 

※会場には座椅子・クッションあります。


 ≪瞑想プログラム≫ 

 14:30 開場 

 ●15:00-16:00 Laughingドラム・セレブレーション or OSHO ラフター瞑想 


 休憩 


 ●16:15-17:15 OSHO クンダリーニ瞑想 


 休憩(美味しいお菓子お&茶タイム) 


●18:45-20:30 イブニング・ミーティング(OSHO講話は19時過ぎから始まります。) 


 終了 


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 《お問い合わせ》 

Ma Atmo Toshan 

050-3136-3105 

osho.tokyo@gmail.com




祝祭は私の生き方の基本だ——世を捨てることではなく、喜ぶこと。


あらゆる美しさを、あらゆる歓喜を、生が与えてくれるすべてをうれしく思うがいい。なぜなら、この生全体が神の贈りものだからだ。  


私にとって、生と神は同義だ。実際には、生のほうが「神」という言葉よりはるかによい言葉だ。


それは哲学用語にすぎないが、生は現実で、存在に即している。


「神」という言葉は経典の中にしかない。それは単語、たんなる単語だ。


生はあなたの内と外にある——木々の中に、雲の中に、星々の中に。

この存在全体が生のダンスだ。  


生を愛しなさい。自分の生を余すところなく生きなさい。


生を通して神性に酔いしれるがいい。私は生を途方もなく愛している。


だからこそ、私は祝祭を教える。あらゆることが祝われなければならない。


あらゆることが生きられなければならない、愛されなければならない。


私にとって、俗っぽいものはひとつもなく、神聖なものもひとつもない。

すべてが神聖なのだ、梯子のもっとも低い段からもっとも高い段まで。


それは同じ梯子だ。

体から魂まで、肉体的なものからスピリチュアルなものまで、

セックスからサマーディまで——すべてが神性だ!



Osho, Come, Come, Yet Again Come, #2 より抜粋 


記事抜粋:https://www.osho.com/ja/read/osho/osho-on-topics/celebration 



12/11(火)OSHOバースデー・セレブレーション<祝祭のアートを体験>